実家から歩いて5分。
船橋市高根にある焼鳥屋。
「鳥栄」
初訪問は20歳そこそこのとき。
東京に住んでいたときも、船橋に帰るとよく母と行った。
日差しに春のやわらかさを感じる2月最後の日。
この夜も母と二人、てくてく歩いてお店に向かった。

「何してんの?早く来なさいよ。」
飲みに行く時の母の足取りは、不思議と軽い。
酒好きは遺伝だ。
* * *

僕が生まれる前からあったお店。
店舗の入れ替わりの激しいバス通りにあって、35年も同じ場所で続けている。

「八時閉店となっております」
潔い。
ペロリとのれんをまくしあげて中へ入る。
小上がりの座敷テーブル3卓とカウンターのみ。
僕が好きなほど良い狭さ。

この日も常連さんがゆっくりとくつろいでいた。
僕たちも空いたカウンター席に腰を落とす。
「マスター、元気?」
いつもの調子で母が言う。
昔なじみという感じで。

「お、今日は息子さんいっしょかい?」
坊主頭にねじりハチマキ。
マスターのトレードマーク。
江戸っ子のような喋り方に、時折見せるくしゃっとした笑顔。
まんまの職人だ。

ここではなぜか瓶ビールが飲みたくなる。
店内に流れるBay-FMとともに、グラスを傾ける。
鳥栄は食事が美味しい。
当たり前のものが旨いお店。
品数はそう多くない。
メニューには値段が書いていない。
安心して頼める値段だということをみんな知っているから、誰も文句を言わない。

ゴロッとした、まぐろぶつ。
焼鳥屋なのに魚も新鮮なのには理由がある。
マスターが毎朝7時前に市場に行き、いいものを仕入れてくる。
市場への道は僕のジョギングコースでもある。
たまに会うと、自転車をこぎながら「おはよう!」と声をかけてくださる。

王道の焼鳥。
目利きの肉を、一本一本手差しで仕込む。
お気に入りは写真の梅しそササミと砂肝。
野菜串も好き。

「とりわさ」も好物。
鮮度のいい鶏肉をタタキにして、わさびの効いたポン酢でいただく。
海苔と三つ葉がアクセント。

手づくりコロッケ。
厚めの衣の「ざくっ」とした歯ごたえがたまらない。
ほかに根強いファンが多いのが「鰻(うなぎ)」。
うな重とビールで晩ご飯、なんてオジサンをよく見かける。
* * *
この鳥栄。
ちょっとした伝説がある。
2011年3月11日。
東日本大震災の日。
この日の夜、僕は落ち着かなくて近所を歩いていた。
午後六時過ぎ。
鳥栄の前を通る。
灯りが点いている。
不思議に思って扉を開ける。
中では近所の奥さんがのんびりビールを飲んでいた。
店を閉めること無く、大地震の日も通常通り営業していた。
驚くよりも、キョトンとしてしまった。
マスターに「地震、大丈夫でしたか?」と尋ねた。
「慌てたってしょうがねえからサ」
達観していると思った。
さすがにこの夜はビールは遠慮しておいた。
* * *
そんマスターが35年も続けてきた鳥栄。
お店の前を通る度に、なんとなく中を覗いてしまう。
今日もタレの焦げる香ばしいニオイが、開いた窓の端から漂う。
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船橋市高根にある焼鳥屋。
「鳥栄」
初訪問は20歳そこそこのとき。
東京に住んでいたときも、船橋に帰るとよく母と行った。
日差しに春のやわらかさを感じる2月最後の日。
この夜も母と二人、てくてく歩いてお店に向かった。

「何してんの?早く来なさいよ。」
飲みに行く時の母の足取りは、不思議と軽い。
酒好きは遺伝だ。
* * *

僕が生まれる前からあったお店。
店舗の入れ替わりの激しいバス通りにあって、35年も同じ場所で続けている。

「八時閉店となっております」
潔い。
ペロリとのれんをまくしあげて中へ入る。
小上がりの座敷テーブル3卓とカウンターのみ。
僕が好きなほど良い狭さ。

この日も常連さんがゆっくりとくつろいでいた。
僕たちも空いたカウンター席に腰を落とす。
「マスター、元気?」
いつもの調子で母が言う。
昔なじみという感じで。

「お、今日は息子さんいっしょかい?」
坊主頭にねじりハチマキ。
マスターのトレードマーク。
江戸っ子のような喋り方に、時折見せるくしゃっとした笑顔。
まんまの職人だ。

ここではなぜか瓶ビールが飲みたくなる。
店内に流れるBay-FMとともに、グラスを傾ける。
鳥栄は食事が美味しい。
当たり前のものが旨いお店。
品数はそう多くない。
メニューには値段が書いていない。
安心して頼める値段だということをみんな知っているから、誰も文句を言わない。

ゴロッとした、まぐろぶつ。
焼鳥屋なのに魚も新鮮なのには理由がある。
マスターが毎朝7時前に市場に行き、いいものを仕入れてくる。
市場への道は僕のジョギングコースでもある。
たまに会うと、自転車をこぎながら「おはよう!」と声をかけてくださる。

王道の焼鳥。
目利きの肉を、一本一本手差しで仕込む。
お気に入りは写真の梅しそササミと砂肝。
野菜串も好き。

「とりわさ」も好物。
鮮度のいい鶏肉をタタキにして、わさびの効いたポン酢でいただく。
海苔と三つ葉がアクセント。

手づくりコロッケ。
厚めの衣の「ざくっ」とした歯ごたえがたまらない。
ほかに根強いファンが多いのが「鰻(うなぎ)」。
うな重とビールで晩ご飯、なんてオジサンをよく見かける。
* * *
この鳥栄。
ちょっとした伝説がある。
2011年3月11日。
東日本大震災の日。
この日の夜、僕は落ち着かなくて近所を歩いていた。
午後六時過ぎ。
鳥栄の前を通る。
灯りが点いている。
不思議に思って扉を開ける。
中では近所の奥さんがのんびりビールを飲んでいた。
店を閉めること無く、大地震の日も通常通り営業していた。
驚くよりも、キョトンとしてしまった。
マスターに「地震、大丈夫でしたか?」と尋ねた。
「慌てたってしょうがねえからサ」
達観していると思った。
さすがにこの夜はビールは遠慮しておいた。
* * *
そんマスターが35年も続けてきた鳥栄。
お店の前を通る度に、なんとなく中を覗いてしまう。
今日もタレの焦げる香ばしいニオイが、開いた窓の端から漂う。
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