北習志野の「キタナラにやり研究所」で、あるドキュメンタリー映画を観てきた。
標的の村』。 
小さな集落に住む人たちの基地建設への抗議活動を追った作品。 

キタナラにやり研究所

基地問題は難しい。
言い訳だが、観てから書くまで2週間もかかってしまった。
複雑に考え過ぎると手が止まる。
だから感じたことを素直に綴ることにした。

映画の舞台は沖縄県東村の高江集落。
「やんばる」で知られる、豊かな自然に囲まれた場所。
人口は約160人。

そこに軍用ヘリコプター「オスプレイ」の発着施設(ヘリパッド)が作られようとしている。
豊かな森が切り倒されながら。

オスプレイは事故が多いらしい。
何度も墜落している。
家の上をそんなものが飛び回ったら恐ろしくて安心して生活できない。
 
ヘリパッド建設に反対する住民は、工事現場に座り込むことで抗議活動を続けてきた。
工事用の車が通れないように。機材を運び込めないように。
朝から晩まで、大人も子どもも一緒になって、6年間。

実際には最近になって、ヘリパットが作られてしまった。
それでも住民は諦めずに抗議活動を続ける。

と、ここまでが映画の大あらすじ。

* * *
 
感じたことは大きく二つ。

一つ目はそれぞれの立場の人に自分の生活と事情があること。 

住民は静かに暮らしたい。
工事業者は仕事として基地を建設しなければならない。
抗議活動を抑える警官も職務を全うするために住民と対峙しなければならない。
村や県の役人も色々な部分で板挟みになっているだろう。

その誰もが沖縄県民。
みな自分の土地を愛している。
沖縄にしか無い歴史がある。

それなのに基地のために沖縄人同士で声を荒らげ、時に相手を罵り、涙しなければならない。
それぞれにそれぞれの立場があるが故に。
何が正しいのか分からなくなる。
考えだすと虚しい気持ちになる。 
誰の幸せのための基地なのだろう。


二つ目は東京や千葉、全国から座り込み支援に駆けつける人たちのこと。

自分が住むでもない村へ向かうモチベーションがどこから来るのか。
沢山のお金と時間を使って「行こう」と決心する気持ちはどこから来るのか。

すごく気になった。
 
船橋から現地へ向かい、座り込みに参加した鈴木祥子(しょうこ)さんにこの訊いてみた。
とてもシンプルな答えだった。

「現在進行形の問題なんです。この現状を知ったとき、何かしなきゃと思いました。」
 
シンプルな動機ではあるが、誰にでもできることではない。
少なくとも僕には行けない。

「現地以外ではほとんどメディアに出てこない問題なんです、高江は。」

一人でも多くの人に現状を知ってほしいと話す。
今も住民は座り込みを続け、少しずつ基地は完成に近づき、高江の村には大きなヘリコプターが飛ぶ。 

鈴木さんが属するのは「One Love 高江」という団体。 
高江に座り込み支援者を送ったり、この現状を広く伝えることが目的。
この日の映画上映は、北習志野チームの自主企画。

Tシャツ販売

ほかには作ったTシャツの売上利益を支援金として送ったり。

 
新聞やニュースだけでは分からないことがたくさんある。
映像を観て、現地で座り込みに参加した方々のお話を伺い、少しではあるが基地問題を身近に感じるようになった。

遠いけれど、今も続いているんだと。
遠いけれど、他人ごとではないのだと。