僕は誰かの結婚式に来ている。

いただきもののタキシードを着て、ワインをぐいと飲む。

知り合いが何百人と集まっている。
地元の友人、大学や高校の同級生…。

華やかな歌と踊り。 
周りの声はほとんど聴き取れない。

緑、赤、黄色。色とりどりの料理。
遠くの方に幸せそうな二人が見える。 


外の空気が恋しくなった。

入口の扉を開ける。
海が広がっていた。
深く透き通った、青と緑の間の色をした海が広がっていた。


僕は小学校の校舎ほどの大きさもある客船に揺られている。
真っ白な船。

高い甲板から水面を見下ろす。
船の白い腹が波しぶきを上げている。

そのしぶきのそばに何かが海の奥から寄ってきた。
けっこうな大きさだ。
両手を広げたくらいある。

虹色の魚だった。

頭から尻尾にかけてすうっと、縦に。見事に七色に分かれている。
濡れた鱗に太陽の光がきらり、きらりと反射している。 

こんなに美しい魚を見たことがなかった。
ぼーっと、虹色の魚を眺めていた。



* * * 

気づくと僕はバスに乗っていた。
必要以上にガタガタする、昔ながらの小さなバス。 
深緑のボディに蜜柑色のラインが一本入っていた。

窓の外は白一色。
一面の雪景色。

根拠は無いけれど、ここは北海道に間違いない。

バスはうんうんエンジンを唸らせながら山道を登っていく。
「つ」の字のようなカーブが続く。
対向車は一台も現れない。

何気なく窓の外に目をやる。

ふっと、何か光るものがあった。
 
螢だ。 

それも青く光る螢。冬に。

螢は普通、緑がかった黄色い光を放つ。
しかしこの螢は青白い光を静かにたたえていた。

それも二匹がぴったりと並び、その列はどこまでも続き霞んでいく。

螢の行進。 

それはスキー場の二人掛けリフトのように。

等間隔で。同じスピードで。光の点滅も全く同じタイミングで。


この幻のような光景を写真に撮りたい衝動に駆られる。
だが、カメラを持っていない。 
なぜか手ぶらだった。

二人掛けのバスの椅子。
隣の女性がカメラを首に提げていた。
自分がいつも持っているものよりも一回り大きい。
黒くて、角張っている。

ニつ三つ歳上の女性で、眼鏡の中の瞳が大きかった。
深く艶やかな黒髪が肩にかかっていた。

「カメラ、貸していただけませんか?」 

思いきって訊いてみた。 

無言のまま、分からないくらいの微笑みとともに黒いカメラを貸してくれた。

窓を開ければ真冬の冷たい空気が一気に吹き込んでくる。
ガラス越しにピントを合わせる。

シャッターを切る。

切ったその瞬間、カメラから音楽が流れてきた。
シャッターを切るたびに、違う音楽がカメラから溢れてくる。
どれもどこかで聴いたことがある曲。
周りのひとには聞こえていないようだ。

螢の写真が撮れていたかは分からない。
不思議なカメラのことだけは、ハッキリと覚えている。

いつの間にか、青く光る螢の列は消えていた。 


バスは寂れた温泉街に着いた。

外へ出る。
タキシード姿のまま。
凍るような風に体が貫かれる。

古い木の建物から湯気が上がっている。
あたたかい湯船を思い浮かべた。 

身を縮めながら、ひたすら歩く。
頭がぼんやりしてきた…

* * * 

目を開けると客船の看板の上にいた。

虹色の魚はもういない。
 
扉から船内に入る。
さっきと変わらずやかましい。
結婚式はまだ続いていた。

高校の同級生が声をかけてきた。

「どこ行ってたんだよ!24日間も。」
 
そんなに結婚式は続いていたんだ。
そんなに自分は長いことどこかへ行っていたんだ。
 
適当にお茶を濁し、友人たちの輪の中へそしらぬ顔で入っていく。


部屋の片隅にはタバコの煙が立ち込めていた。 
煙は天井高く、まっすぐに昇っていった。
外から入ってくる光が当たり、煙は淡い紫色に見えた。

* * *

ばってん雲

というところで目が覚めた。
 
こんなにハッキリと夢の中身を覚えているのも珍しい。
美しい夢だった。
忘れないうちに書き留めてみた。

夢には隠れた欲求が現れるとも言われている。
自分は新しいカメラが欲しいのかもしれない。
旅に出たいのかもしれない。


夢オチを使えるのは一度きり。


長文にお付き合いいただき、ありがとうございます。

「虹色の魚と青く光る螢」の話でした。 

(注)このお話は夢物語です。